短編小説「パイロットを救助せよ!」(中)

脱出したF35戦闘機のパイロットを救出できるのか・・・迫る人民解放軍
山下裕貴 2026.04.14
誰でも

( 人民解放軍 )

 ラオスの首都ビエンチャン郊外に中国人民解放軍在ラオス軍事指導部の駐屯地がある。ラオス軍の装備の多くが中国製であり、その関係の深さで軍事作戦の指導を中国軍が行っていた。実際の軍事指導は、ラオスと国境を接している地域の管轄である南部戦区司令部が担当している。

 駐屯地本部隊舎の人民解放軍陸軍第501大隊指揮所に、偵察小隊長の呂浩然(リュウ・ハオラン)上尉が呼ばれた。

 偵察小隊は、雲南省のジャングル地帯(ラオス国境付近)で訓練を行ってきた密林戦専門部隊であり『狼部隊』と呼ばれている。

「呂上尉。速やかに出発して、墜落した日本の戦闘機の機密データを確保してもらいたい」と指導部主任の林(リン)大校が命じた。

「パイロットはどうしますか」と呂上尉が確認した。

「捕虜として連行し、ラオス当局に引き渡す。移動は非武装地帯まではラオス軍のヘリを使用し、そこからはタイの共産ゲリラが案内する」

「了解しました。準備出来次第、出発します」

 呂上尉は小隊本部に帰ると先任下士官以下10名の部下を集合させた。

「司令部からの命令で墜落した日本空軍戦闘機を捜索し、機密データを回収する。出発は明朝0700、ラオス軍の輸送ヘリにより移動する」

「了解!」と小隊員全員が声を上げた。

「よし。弾薬を受領し、装具を点検しろ!」と先任下士官の周三級軍士長(曹長)が隊員達に命じた。

 翌朝0700、中国軍はZ―9B多用途ヘリ2機で国境へと向かった。

( 赤い竹 )

 タイ・ラオス国境である、タイのピサヌローク県とラオスのサイニャブリー県の境付近は、両国の領有権の主張が食い違っている地域である。この地域は、タイ・フランス条約(1907年締結)で国境が確定した。しかしながら、ラオスとの関係で紛争が絶えず1987年には武力紛争が発生した。停戦後は非武装地帯となり、現在は反政府ゲリラや密輸業者などが闊歩し無法地帯化している。

 タイ国境から東に40キロの地点にケネサオの街がある。ここに「赤い竹」といわれる密輸団がいた。彼らは国境のジャングル地帯でケシを栽培し、その実から採取される果汁を乾燥させ、麻薬のアヘンを製造して密輸している。

「ノーサワン。俺達が昔使っていたケシ畑に日本軍の戦闘機が墜落したそうだ。中国人が騒いでいる」と赤い竹の首領が右腕のノーサワンに言った。

「ボス、金になりそうですか」

「そうだ。積んであるデータをロシアの売人が欲しいそうだ。高く買い取ると言っているぞ」

「中国人より早く見つけます」

「手下を連れてすぐに出発しろ。頼んだぞ」

 ノーサワンを頭とする赤い竹の男達二十人ほどが、日本製ピックアップ・トラック数台に乗車して国境へと向かった。

( 暁部隊 )

 早朝、伊庭一尉を指揮官とする暁部隊は、タイ陸軍TF―90の保有するUH―60多用途ヘリ2機に搭乗し、北の国境地帯へと向かった。

 眼下はどこまでも続く密林地帯、環境破壊が世界的問題だと認識している日本人には、大自然がここまで存在しているとは・・驚嘆する光景だった。しかし、ひとたび地上に降りれば、木々や蔦葛がうっそうと茂り、水蒸気の靄が立ち込める大密林地帯。そこには果てしなく広がる緑の魔境があった。

 黒田は、一刻も早く後藤一尉を見付けなければと思う気持ちを抑えて、機上から遠い地平線まで広がる密林を見ていた。

 墜落した戦闘機の機密情報を巡り、日本の自衛隊・中国人民解放軍・ラオス犯罪集団の争奪戦がここに始まった。

( 後藤一空尉 )

 バンコクの北東250キロに、カラート空軍基地があり、タイ王国空軍第1航空戦闘団が配置されている。コブラゴールド演習では、この航空戦闘団と米空軍のF―16が空自のF―35と共同訓練を行っていた。

 後藤一空尉は3機編隊の3番機として、タイ北部の訓練空域において飛行訓練中に機体の制御を失った。

「ブラックホーク。アンコントロール、ノック・イット・オフ(訓練中止)、ベイルアウト!」と後藤はカラート基地のGCIO(要撃管制官)に報告した。

 彼は報告すると、座席にある緊急脱出用のレバーを引いた。すぐにキャノピーが爆薬で取り外されて、射出座席のロケットモーターにより機外に打ち出された。次に座席が切り離されて、後藤の背負っているパラシュートが自動で開傘した。彼は、パラシュートが正常に開傘している事を確認し、次に地面を見て着地までの時間を確認した。

「着地まで余り時間がない!」

 着地点は密林の真上だった。木々に接触した瞬間、後藤は右足を木の枝に取られて回転し、頭から落下する態勢となった。高さ30メートルほどのヤシの木の枝にパラシュートが絡みつき、地上に激突する事だけは避けられた。すぐに右足首に激痛が走り、彼は足を骨折したことを自覚した。

 後藤はサバイバル・キット内のナイフを右手で取り出して、パラシュートの紐を切った。地上5メートルほどの位置から、木の枝に衝突しながら地上に落下した。

彼は、不要な装具を取り外すと辺りを見回した。着地点は小高い丘にあり、20メートルほど先には密林が切れて、岩石が露出した場所がある。彼は痛む右足を引きずりながら移動した。そこからは周囲が見渡せ、前方の林の中には墜落した機体から出ている煙が確認出来る。また10メートルほど後方の林内に、射出座席があることも確認出来た。座席には捜索救難用無線機がある。

 激痛に耐えながら、射出座席の位置まで歩くと、無線機を取り出してカラート基地に連絡した。

「こちらブラックホーク。後藤一尉です。現在地は、最終飛行経路から予測して国境近くです・・」

墜落と現状を報告している最中に無線機が故障し通信が出来なくなった。しかし緊急信号電波の発信(ビーコン)は続けている。

 後藤は、基地に連絡が取れ、また緊急信号が発進されている事から、このまま動かずに救助を待つ事にした。また、動こうにも右足首を骨折しており、実際問題として動けない。

 彼はサバイバル訓練において生存自活法を身に付けていた。雨は体温を奪い、体力を消耗させる。ポンチョ(雨衣)を取り出し、木の枝を利用して端末を結び屋根にした。また下草をナイフで刈り取り、蛇など危険生物をすぐに発見出来る様にした。折れた右足首には、枯れ枝を副え木にしてあてた。

 時計を見ると16時過ぎ、豪雨の様なスコールが襲って来た。捜索救助にどのくらいの時間がかかるか分からない。孤独との戦いが始まった。

( 暁部隊 )

 0900、暁部隊はタイ陸軍の前哨陣地に到着した。そこは非武装地帯の玄関に当たり、警備中隊が常駐する場所である。

ヘリから降りると部隊は、すぐに黒田の指示で密林への行進準備に入った。

「藪(ブッシュ)をマチェテ(蛮刀)で切り払いながら進みます。先頭は20分交代です。当初、私が担当します」と黒田が説明した。

「疲れたらいつでも言って下さい。若い我々が代わります」と大杉二曹が冷やかす様に言った。

部隊は予定通りに、タイ陸軍の前哨陣地から、果てしなく続く熱帯雨林の中へと前進を開始した。

大密林に一歩足を踏み入れれば、そこは恐ろしい緑の魔境。藪地の棘草、樹間は狭く獣でもくぐれそうにない蔦葛の密生、その密生の間を縫う毒蜘蛛、大蟻、トカゲ、毒蛇、毒虫の襲撃を避けて進まなければならない。

 先頭の二人の隊員は、絶えずマチェテ(蛮刀)をふるって、ブッシュを切り払いながら道を開いて行く。しかし、体力抜群の特戦群隊員も、わずか数十メートルほど進むのに2、3時間も死闘を続けていかねばならない。

 数時間かけてどのくらい進んだだろうか、密林はいよいよ暗くなった。シダの巨木や、スパイクの様な棘を付けた大蔦葛の密生が、うっそうと天日を隔てる樹葉の辺りまで伸びている。またその枝に無数に垂れ下がっている寄生木の気根、まさに自然界の障壁である。

「先頭交代!」と黒田が指示した。

「黒田さん。獣道か沢沿いを進めば難渋しないと思いますが」と大杉二曹が弱音を吐いた。

「後藤一尉のいる場所までの最短距離を進みます。中国軍も同じく最短距離を取るかと思います」

「到着するまでにバテそうな状況ですよ」

「墜落地点は、海抜500メートル付近、明日の夕から密林が切れ、進みやすくなります。

頑張りましょう」

「了解・・」

 少しずつだが、隊員達は密林に慣れてきたのか行進速度が上がってきた。その時、大きな足跡に遭遇した。つぶれた棘茎や蔦葛、樹葉が泥水に腐り、その腐敗池の様な褐色の水溜まりが複数ある。その前方には倒木もあり、わずかな幅だが道が出来ていた。

「通れそうですね」と伊庭一尉が言った。

「タイの密林には野生の象がいます。その群れの足跡です」と黒田は足跡から判断した。

 黒田は、このままの速度を維持できれば、明後日の朝には目的地周辺に到着出来ると判断して宿営の指示をした。夜間はトラやヒョウなどの夜行性の猛獣も現れて、密林を移動することは危険である。部隊は、少し開けた場所を見つけて、ポンチョなどで雨露をしのげる簡単な宿営地を作った。

「黒田さん。見直しましたよ」と大杉二曹と成松二曹がコーヒーを持って黒田の近くにやって来た。

「どうかしましたか」

「いやはや・・。六十代のそれもパイロットの方が、ジャングルをこれほど歩けるとは、いやガイド出来るとは想像していませんでした」

「二人で“かけ”をしていました。成松は黒田さんが二日で音を上げるだろうと。私は、一日は大丈夫だろうと思っていましたが・・二人とも外れです」と大杉二曹が照れながら言った。

 傍らでは三人の会話を伊庭一尉が黙って聞いていた。彼は黒田と隊員達の信頼関係が思ったより早く築かれた事に安心した。

二日目は、夜明け前から前進を開始した。薄暗い密林の象道を12名の暁部隊は黙々と歩いていた。時おり、腕ほどの大きさのムカデが落ちてきたり、血に飢えた山蛭が襲ってきたりと、隊員達には相変わらずの難渋だった。黒田は30分に一度、小休止を入れて、隊員達に山蛭の駆除を行わせた。気を緩めると山蛭が血を吸って煙草箱ほどの大きさに膨れている。煙草の火を押し付けて身体から落とした。

毒蛇には注意して進んだ、特にコブラには要注意だ。4メートルほどの大きさになり、注入する毒の量も半端ではない。咬まれると致命傷となる、衛生担当の隊員が血清は携行しているが、任務上ヘリ救助を要請する余裕がない。

夕方になり部隊は宿営に入った。伊庭一尉が武器の点検と実弾の装填を命じた。この日、戦闘機が墜落して三日目が過ぎた。

( 暁部隊 )

 数時間前から行進は登りになった。徐々に標高が上がり、周囲の植生がそれまでの熱帯雨林から温帯の落葉広葉林へと変化していった。黒田は密林行進三日目に入り、隊員達の疲労を確認しながら進んだ。

六十六歳の黒田自身にとっても疲労が蓄積し、体力の限界に近づきつつあった。しかしそんな彼を突き動かす力があった。それは、親友の息子を助けなければならないという使命感である。目の前で親友の機が墜落し、助ける事は出来なかったと分かっていても、彼の自責の念は消える事は無かった。今度こそどんな事があっても助ける・・そんな覚悟があった。

 急に見晴らしの良い場所が現れた。ここまで来ると、ヒンヤリとして心地よい風が吹いている。右前方1キロ付近の森林が墜落したと思われる地点である。また左前方の丘陵斜面には、タイ・ラオス国境紛争で打ち捨てられたケシ畑と管理小屋の跡が確認出来た。さらに3キロほど先に見える高地が1148高地であり、タイ・ラオス両軍が激戦を繰り広げた場所である。

「黒田さん。後藤一尉を収容後、離脱の際にはここを通りますか」と伊庭一尉が聞いた。

「ここまで下がって、川沿いに帰路をとります。遠回りですが歩き安いでしょうから」

「ここから墜落地点の森林まで開豁しています。それにケシ畑もあり一番危険ですね」

「ケシ畑は使用されてない様ですが」

「ケシ畑があったという事は、近くにラオスからの密輸道があるはずです」

「なるほど」

「柳二尉。機関銃及び狙撃手と共に現在地に待機し、本隊の収容を掩護せよ」

「了解」と副小隊長の若い柳二陸尉が返事をした。

 彼らは、落葉広葉林の林縁に陣地を作り掩護態勢を取った。

本隊は低草の草原を速足で進んで行った。

( 後藤一空尉 )

 後藤は墜落して四日目の朝を迎えていた。彼は、右足首の骨折からくる痛みに苦しんでいた。一日数度、豪雨の様なスコールが襲う。ポンチョで応急的に作った雨避けも完全ではなく、濡れた身体から体温が奪われ、体力が低下し発熱していた。

 彼が小学生だった頃、登庁する父を官舎の玄関先で見送った。

「雄一。行ってくるよ」と父の一郎が雄一の頭を撫でた。

「お父さん。今日も頑張ってね」

 朦朧とする意識の中で、後藤は父の最後の姿を思い出していた。

( 人民解放軍 )

 呂上尉の狼部隊は、国境のラオス側にあるタイ反政府ゲリラの拠点にヘリで移動した。その後、ゲリラ部隊と合流して墜落地点を目指して進んでいた。

「小隊長。こいつら信用出来ますかね」と先任下士官の周軍士長が聞いた。

「金と武器で動く奴らだ。心配するな」

「しかし、小人数のはずが50名ですから・・」

 狼部隊は呂小隊長以下11名の少人数の編成である。密林内の隠密行動に適した編成を取ったが、共産ゲリラは50名という大人数、動きが鈍くなり、後れを取る可能性がある。周軍士長はタイ側に出し抜かれる事を心配していた。

 ラオス側からの進入経路は、数本の山道とケシ畑への細い密輸道があり、タイ側からの経路よりは、比較的に進みやすい経路だ。彼らの最大の脅威はタイ側の捜索隊ではなく、ケシを栽培し密売している犯罪者集団である。その中でも最大の組織が『赤い竹』であった。

 密林に入り、二日目に目的地近傍の1148高地が見えてきた。この地域には赤い竹のケシ畑があり、彼らの支配地域である。

「全員に戦闘態勢を取らせろ」と呂小隊長が周軍士長に命じた。

 狼部隊とゲリラの戦闘員達は小銃や機関銃に実弾を装填した。

・・・続く

(2022年に隊友会機関紙「隊友」に連載した小説を加筆修正)

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