短編小説「パイロットを救助せよ!」(上)

 タイで訓練中の航空自衛隊のF-35戦闘機が墜落した。陸上自衛隊特殊作戦群の小隊に捜索救助任務が下った・・パイロットを救助できるのか・・時間との勝負。                                                                
山下裕貴 2026.04.08
誰でも

( 1990年 )

(豪陸軍特殊作戦コマンドとの共同訓練を行う陸自特殊作戦群。防衛省・陸上自衛隊)

(豪陸軍特殊作戦コマンドとの共同訓練を行う陸自特殊作戦群。防衛省・陸上自衛隊)

 航空自衛隊の航空事故調査委員の調査は連日続いていた。黒田一空尉は、調査委員会の厳しい調査を受けるとともに、親友を失ったショックで悲嘆に暮れていた。

 三月十五日に、第5航空団第307飛行隊所属のF―15Jが墜落事故を起こした。場所は、宮崎県沖の太平洋上(新田原基地南西5キロ)である。

当日は、2機編隊で飛行訓練中であった。16時50分、後藤一空尉は2番機として、黒田の1番機を追尾するレーダー・トレール隊形で新田原基地を離陸した。16時55分、2番機は1番機に対して「ネガティブ・タイドオン(レーダーで捕捉できない)」と送信した。  

黒田は高度計規正の指示を送信したが、応答がなかった。それ以降、通信途絶及びレーダー航跡消失を確認した。

五月十日、航空事故調査委員は事故原因を空間失調として発表した。

( 20XX年 )

 黒田武昭は六十六歳、現在は宮崎県高鍋町に住んでいる。福岡県に生まれて高校を卒業後、航空自衛隊航空学生を志願して、パイロットの道を歩み始めた。全国の飛行隊勤務を経験し、最後は三沢の第3航空団副司令で退官した。退官後は保険関係の仕事に就いたが、それも卒業して、今は宮崎県隊友会高鍋支部長として活動している。支部は、主に新田原基地のイベントなどを支援していた。

趣味はトレッキング、と言っても少し違う。黒田のそれは、ジャングル・トレッキングである。退官後に始めたトレッキングであるが、南米・アフリカ・東南アジア・オーストラリアの密林(ジャングル)を踏破した。今ではテレビ局の特番に出演するほど、その分野では知名度が上がっている。

家族は妻と男女の子供がいる。家族は危険な趣味であり、止めるように意見したが本人は聞く耳を持たなかった。最近では家族も半ば諦めている。

黒田は荷造りで忙しかった。

「お父さん。気を付けて下さいね」と妻が心配そうに言った。

「大丈夫だよ。あそこには学術調査団を案内したことがあるからね」

「そんなこと言って、危険はないの」

「陸上自衛隊の仕事だからね。安全管理は徹底しているよ」と言って黒田は笑った。

 コブラ・ゴールド軍事演習は、米軍とタイ軍の主催で毎年行われており、東南アジア最大級の多国間共同訓練である。今回は陸上自衛隊特殊作戦群がタイ王国陸軍第1特殊作戦師団との共同訓練を行う予定だった。課目は長距離偵察であり、タイの密林を数十キロ踏破することが計画されていた。黒田には陸上総隊司令部から、ジャングル・ガイドとして依頼が来ていた。

 七月一日、成田空港から民航機でバンコクへ、そこからタイ陸軍の車でロッブリー県にある特殊作戦師団の訓練基地まで移動した。陸自と共同訓練するのはタイ王国陸軍特殊部隊『TF90(タスクフォース90)』という部隊らしい。黒田には訓練の全体像は説明されずに、長距離偵察の出発地点と到着地点及び経路だけが説明された。

 訓練基地の細部場所さえ知らされず、小型車を操縦するタイ陸軍の兵士に聞いても答えてくれなかった。

七月三日の早朝に訓練基地に到着した。そこは密林の中に忽然と現れた西部開拓時代の砦のように高い木の柵で囲まれた基地だ。大きさは、サッカー・コートくらいあるだろうか。中には木造の廠舎とプレハブの建物が10棟ほどあるだけの簡単な施設だった。

一番大きなプレハブの前に車は止まった。そして案内されたプレハブに入ると、陸自の幹部が一人いた。彼は、黒田を見ると歩み寄って来た。

「黒田さん。初めまして伊庭一尉です」

特殊作戦群小隊長の伊庭義明一尉が微笑みながら握手を求めてきた。

「黒田さんですね。伊庭です」

「初めまして黒田です」

 黒田は初めて特殊作戦群の隊員を見た。それまで長い自衛官人生の大半がパイロット勤務であり、当然、陸上自衛官と一緒に仕事をする機会も限られていた。ましてや特殊作戦群となると、全自衛隊でも謎のベールに包まれている部隊だ。仕事の依頼が来た時に陸上総隊司令部に説明を受けたが、テロや敵の特殊部隊の攻撃に対処する『特殊な部隊』だとしか教えてくれなかった。

「黒田さんは、元空将補でパイロットだったとか」

「はい。昔の事です」

「こちらへどうぞ。指揮所にいる隊員達を紹介します」

 伊庭一尉は、プレハブを出て50メートルほどの場所にある別のプレハブ棟に黒田を案内した。そこにはコンバットシャツに防弾ベスト、弾帯、拳銃と小銃を携行した10名の隊員達が待機していた。中央には地図が広げられた机、そして野外イスがあるだけの簡素な指揮所だった。

「気を付け!」

 伊庭一尉と黒田が部屋に入ると、先任陸曹が号令をかけた。全員が起立して彼に目礼した。

「諸君に紹介する。本訓練において、ジャングル・ガイドを引き受けていただいた、黒田さんだ。黒田さんは、元空将補。我々から見たら雲の上の方だ」

 黒田は元の階級を付けて紹介されたので少し照れていた。

現役陸上自衛官達と会う、それも訓練を一緒に行うなど何年ぶりだろうか・・。

「皆さん。よろしくお願いします」

「我が小隊の隊員を紹介します」と伊庭一尉が隊員達に名前を読んだら一歩前に出るように指示した。

「まず私から、特殊作戦第3中隊第1小隊長の伊庭一尉です。次に、副小隊長の柳二尉、先任の田村曹長、武器担当の大杉二曹、通信担当の成松二曹、衛生担当の三浦二曹・・」

 伊庭一尉は隊員の紹介を終わると全員に着席を命じた。黒田が不思議そうに隊員達を眺めていると。

「黒田さんが不思議に思われているのは、小隊長が一尉、それに副小隊長がいて、全隊員が陸曹だということですね」

「一般部隊とは違うのですね」

「編制は小隊長が一等陸尉、隊員は全員が陸曹以上です。また全員が英会話能力を持ち、中にはロシア語、韓国語、中国語が話せる隊員もいます。今回はタイ語を話す隊員が参加しています」といって大杉二曹を指した。

「インディー・トーンラップ(ようこそ)」と大杉二曹がタイ語で挨拶をして笑った。

「それでは、訓練について説明します」

 伊庭一尉が地図をチャート棒で示しながら明後日から開始される、密林踏破訓練について説明を始めた。

「ここはロッブリー県の特殊作戦師団のキャンプAです。訓練場は北のピサヌローク県の密林になります。ここからタイ王国陸軍特殊作戦部隊であるTF90のヘリで移動します。訓練地域に到着しましたら、そこからは徒歩で踏破訓練に入ります。踏破距離は約30キロ、三日間です」

「一般道の30キロと違って、タイの密林を30キロとなると大変ですよ」黒田は心配した。

 この時期、タイは雨期にあたり、熱帯の密林では一日数回はバケツの水をひっくり返した様な猛烈なスコールが襲う。密林内には危険生物も多く、トラやヒョウ、クマやコブラ、ワニ、毒虫などが生息している。また下草も繁茂しており、藪(ブッシュ)をマチェテ(蛮刀)で刈り払いながら進んで行くことになる。

黒田は三日間での踏破に不安感を抱いた。

「三日間だと厳しいのではないでしょうか」

「我々はオーストラリアの密林を同じ日数で踏破しています。もっとも密林の難易はタイの方が数段上ですが」と伊庭一尉が自信を持って答えた。

 訓練の説明が終わり、黒田がキャンプの外れにある宿泊用の木造廠舎に帰ろうとした時に、田村曹長が声をかけた。

「今夜は黒田さんの歓迎会です。夕食を兼ねてですが」と田村曹長が笑顔を見せた。

 歓迎会は廠舎で18時から開催された。外は集中豪雨の様なスコールに包まれている。夕食は、何と戦闘糧食と隊員が作った怪しげなトムヤムクンである。また驚くことに『メコン・ウイスキー』まで用意されていた。メコン・ウイスキーはウイスキーと名が付いているが、ラム酒に近く、原料はサトウキビと米の蒸留酒である。お世辞にも美味しいとは言い難く、コーラ割が比較的に飲みやすい割り方である。

 訓練開始前の通過儀礼なのか、自分を見定める試験なのか、座は盛り上がっていたが黒田は酔えなかった。

「黒田さん。戦闘機のパイロットだったとか。輸送機やヘリは操縦出来ないのでしょうか」と衛生担当の三浦二曹が聞いて来た。

「ヘリの操縦は出来ます」

「そうですか。しかし、パイロットは空の上の仕事、綺麗な世界だから・・我々の様な地味で汚い仕事はイメージ出来ないでしょうね」と武器担当の大杉二曹が嫌みな言い方をした。

「ジャングル・ガイドが我々に必要だと判断したのは陸上総隊司令部ですよ。我々には十分な能力があるのにね」といいながら三浦二曹がショットグラスのメコン・ウイスキーを一気に飲み干した。

「黒田さんが、我々の前進速度に追いつけるか心配ですよ。足手まといにだけは、ならない様にしてもらいたいな」とトムヤムクンを食べながら成松二曹が横目で黒田を見た。

「おい。そのへんにしておけ!」と田村曹長が諭した。

黒田は、自分が隊員の一部からは歓迎されていないという事が分かった。その後、タイ料理や危険生物などのたわいのない話題で宴席は盛り上がった。

「よし。歓迎会は終わりだ」と伊庭一尉が終了を命じた。

二時間ほど続いた会食が終わり、黒田は自分に与えられた個室に戻った。部屋は鉄製野外ベッドとバスタオルが置いてあるだけの簡素なものだ。

 翌日から訓練準備が始まった。今回の共同訓練においては、タイ陸軍の任務はヘリ輸送だけだとのこと。タイ軍兵士からみれば陸自のお手並み拝見(密林踏破の)といったところか。わざわざバンコクから将官級の視察者がある予定だ。

 小隊には、無線機、小銃及び拳銃の実弾、手榴弾、梱包爆薬(プラスチック爆薬)などの配布が行われた。日本国内の訓練とは違い、国外での訓練は実戦に近い装備で行うことが出来るのがメリットである。

 隊員達はそれぞれの背のうに弾薬を分散して携行する事になっており、一人当たりの携行装備重量は約20キロになる。黒田の携行量は7~8キロであり、彼らの持つ装備の重さに、不安感がますます募った。

プレハブ指揮所で伊庭一尉と談笑していたところに陸上総隊司令部連絡幹部が飛び込んで来た。

「伊庭一尉。空自のF―35が墜落した!」

「本当ですか!」

「現場は、タイとラオスの国境付近の大密林地帯だ」

コブラゴールドには航空自衛隊のF―35Aが4機参加しており、米空軍及びタイ王国空軍のF―16との共同訓練が行われていた。

「黒田には驚愕の情報だった。そして同じパイロットとして居ても立っても居られずに、現場に行きたいとの衝動に駆られた。

連絡幹部が事故速報の資料を読み上げた。

「所属は第5航空団第307飛行隊、操縦士は後藤雄一・・」

 黒田は後藤雄一という名前を聞いて、衝撃を受けた。それは宮崎県沖で墜落して殉職した後藤一郎の長男だった。事故当時、後藤の妻博美に抱かれた幼い長男を見た。名前は雄一といった。その後、法事や命日の墓参りの際に成長していくその子を見ていた。雄一が防衛大学校に入り、航空自衛隊に、そして父と同じパイロットの道を進んだ事も知っていた。母親はかなり反対した様だが父の背中を見たのか同じ道を歩んだ。

「伊庭一尉。間もなく陸上総隊司令部の運用部長、航空総隊司令部の防衛課長がこちらに到着される。ここが現地対策本部になるそうだ」

「申し訳ありませんが・・パイロットの安否は分かっているのでしょうか」と黒田は聞いた。

「緊急脱出装置で脱出し、機体の近傍にいるらしい事までは分かっています。その後、通信が不通になりました」

 黒田は脱出して生存していると聞いて、ひとまず安心した。しかし、未開の密林の中であり、負傷している事も考えられる。今は、タイ軍の捜索活動が一刻も早く開始される事を願うばかりである。

連絡幹部が総隊司令部の命令を伝達した。

「特殊作戦小隊は、密林踏破訓練を中止し、別命あるまで現在地で待機せよ」

「別命ですか・・。我々に何か任務が与えられるのでしょうか」と伊庭一尉が聞いた。

「いや、俺にも分からない。部長が到着したら、はっきりするだろう」

 二時間ほどすると、バンコクから大勢の自衛隊関係者が到着した。伊庭一尉達とともに黒田も対策本部に呼ばれた。

「伊庭一尉に特別任務を与える」と陸上総隊司令部運用部長が言った。

「特別任務・・」

「実は、タイ軍司令部から自軍は捜索救助には行けないとの事だ」と航空総隊司令部防衛課長が補足した。

「どういう事でしょうか」

「1987年五月にタイ・ラオス間で国境紛争が発生し、1988年二月に停戦となった。

その後、両軍は紛争があった国境線から30キロを非武装地域に指定し、軍や武装警察などを入れないことで合意した。F―35がその国境近くに墜落したためだ」

「なんと!」

「君達の部隊で救出してもらいたい」と防衛課長が伊庭一尉の顔を見て言った。

「非武装地帯の近くまではタイ陸軍のヘリが輸送する。その後は徒歩で墜落現場まで行ってもらう。なおパイロットの救出以外にも任務がある」と運用部長が説明した。

「別の・・ですか」

「F―35のブラックボックスの回収と、機体のアビオニクス(搭載電子機器)の破壊だ。ラオス軍も動くだろう。万が一、それらが彼らの手に落ちると、戦闘機の機密情報が洩れる事になる」

「分かりました」と言いながら伊庭一尉は任務の重さに身震いした。

「それから、米軍の情報によれば、ラオス駐留の人民解放軍の部隊に、南部戦区司令部から墜落機の捜索命令が出たとの事だ。伊庭一尉には、中国軍よりも先に到着してもらいたい」

「まだあります。現地はケシの栽培地帯です。犯罪者集団や反政府ゲリラの活動地域、彼らも戦闘機の情報を狙う可能性があります」と防衛課長が補足した。

「危険を承知で、OBとはいえ民間人にお願いするのは気が引けるのですが。今回の任務に同行していただけますか」と運用部長が黒田を見て確認した。

「もちろんです。伊庭一尉の部隊を目的地まで最速でご案内します」

 黒田は、願ってもない申し出に二つ返事で応じた。

「以後、伊庭一尉の部隊を『暁』と呼称する」と運用部長が言った。

・・・続く。

(2022年に隊友会機関紙「隊友」に連載した小説を加筆修正)

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