短編小説「パイロットを救助せよ!」(下)
( 赤い竹 )
赤い竹は、国境紛争により荒廃したケシ畑の近くに新たなケシ畑を作っていた。そこには北朝鮮からの労働者も含めて、二百人を越える労働者が働いていた。
ノーサワンが率いる集団は北朝鮮の労働者を入れて100名ほどの数になり、墜落地点の目前に迫っていた。
「頭。中国兵達が見えます」と手下がノーサワンに報告した。
「勝手な真似をしやがって!俺達の国を我が物顔だ」
「どうしますか」
「痛い目にあわせてやる。半数ここに残して時間を稼ごう」
ノーサワンは手下に指示して伏撃の態勢を取らせた。中国軍は下から登る形で進んでおり、間もなく開豁した草原に出る。赤い竹は高地側の林縁に見下ろす形で陣地を取った。ノーサワンは本隊を率いて機体捜索のために進んだ。
赤い竹は中国軍の先頭が林縁から草原へと出てくると、すぐに小銃及び機関銃で射撃を開始した。その大きな射撃音はタイ・ラオス紛争以来、初めて国境地域で鳴り響く銃声だった。
先頭にいた中国側の共産ゲリラが次々に銃弾に斃れた。不意を急襲された中国側だが、すぐに立ち直り反撃を開始した。共産ゲリラの持つ60ミリ迫撃砲から榴弾が発射され、赤い竹の陣地付近に着弾し、鉄片を飛散させ、赤い竹の戦闘員を斃すとともに、岩石と土砂を周囲にまき散らした。
ノーサワンは後方の銃撃音や爆発音を聞きながら進んでいた。
「頭。前方に黒い戦闘機の機体があります!」と手下が叫んだ。
「おお。見つけたか」
ノーサワン達は急いで林の中を駆けて行った。
( 人民解放軍 )
「撃て!進め!」
共産ゲリラのリーダーが部下に攻撃を命じた。彼らは、迫撃砲と機関銃を猛射して、赤い竹を駆逐しようと必死の戦いを行っていた。

「小隊長。ここは奴らに任せて、右から回り込んで先に進みましょう」と周軍士長が言った。
「よし。進もう」
正面の赤い竹と共産ゲリラの戦闘を横目に、狼部隊は大きく迂回して前方の森林に近づいて行った。
( 暁部隊 )
この時、墜落地点には中央から赤い竹が、東側から中国軍が、そして西側から暁部隊が迫っていた。
黒田達は草原の中を駆け足で進んでいた。急に右手方向から銃撃音が聞こえ、激しくなり迫撃砲弾の弾着が見えた。距離は500から600メートルある。
「黒田さん。中国軍か犯罪組織でしょう。急ぎましょう」
大杉二曹が信号受信装置を確認しながら部隊を誘導した。機体までは400メートルだ。
( 後藤一空尉 )
後藤は、朦朧とした意識の中で銃声を聞いた。この銃声は乾いた高い発射音であり、AK―47自動小銃のものである。彼は敵の出現を予期して、腰のホルスターから9ミリ拳銃を取り出し弾倉内の実弾9発を確認した。
迫撃砲弾の弾着音も聞こえた。
「タイ軍とラオス軍、またはどこかの組織同士が戦闘している。いずれにしても敵が来る」と後藤は言いながら周囲を警戒した。
目の前の草が動いた。彼が拳銃を向け様とした時に、首筋に強烈な衝撃を感じ、意識が混濁した。
「頭。パイロットを見付けました!」と赤い竹の手下が叫んだ。
( 赤い竹 )
後藤は、大きな木の下で背中を幹にあずけて座り、右手を水平にして前方に拳銃を向けていた。赤い竹の戦闘員は、後藤の背後から忍び寄ると、彼の首筋を小銃の銃床部で打撃した。彼は崩れ落ちる様に倒れた。
「頭。どうしますか。怪我していますぜ。殺しますか」
「いや。人質にしろ。身代金が取れる」と言いながらノーサワンが笑った。
彼らは、木の枝と上着で簡単な担架を作ると後藤を乗せた。そして四人で持ち上げた。
「昔のケシ畑まで下げろ。麓の工場(アヘンの精製工場)からヘリを呼べ」とノーサワンが手下に命じた。
( 暁部隊 )
黒田達の位置は、後藤のいた場所より機体に近かった。赤い竹や中国軍より先にF―35墜落地点に到着した。機体は墜落時の衝撃と火災により損傷が激しかった。周囲の木々は倒れて焼け焦げている。
「ブラックボックスはどこでしょうか」と田村曹長が黒田に聞いた。
「右の垂直尾翼の付け根付近、そこのカバーを外せばあります」と黒田が指さしながら教えた。
「了解しました」と田村曹長は言いながら機体後方に走った。
彼は垂直尾翼に着くと、付け根のカバーを外して、縦横40センチ、重さ3キロほどの箱型のブラックボックスを取り出した。
他の隊員達は、操縦席のアビオニクス(搭載電子機器)やレーダー部など原型を留めている部分に梱包爆薬(C4爆薬9キロ、時限式)をセットしていった。
「爆破準備完了」と武器担当の大杉二曹が伊庭一尉に報告した。
「全員退避!」と伊庭一尉が命じた。
隊員達は100メートルほど離れた林の中に離れ、その場に伏せた。入れ違いに赤い竹の男達が機体に集まって来た。その時、梱包爆薬が大音響を上げて爆発した。激しい火炎と爆煙、機体の金属破片と土砂をまき散らし、木々をなぎ倒して周囲にいた赤い竹の男達を巻き添えにした。
「急いで後藤一尉を捜せ!」と伊庭一尉が全員に命じた。
黒田達は立ち上がると、後藤が身に付けている自己位置発信の信号を頼りに走り出した。
( 赤い竹 )
ノーサワンは機体の爆発により2メートルほど吹き飛ばされたが、辛うじて助かった。手下の半分を失った。周囲には身体の原型を留めない死体が散乱していた。
「機体は粉々だ。人質をアジトに運ぶぞ。ヘリは連絡したか」
「30分でケシ畑跡に来ます」
「よし。逃げるぞ」
「北朝鮮人はどうしますか」
「捨ておけ!」
ノーサワンは手下とともに担架の後を追って走り出した。
( 人民解放軍 )
狼部隊が機体を確認出来る位置まで進んだ時、閃光とともに機体が爆発した。すぐに衝撃波と土砂が襲ってきた。小隊員全員が爆風でなぎ倒された。
「くそ!」と全身に土砂を浴びた呂小隊長が立ち上がりながら砂を吐き出した。
「小隊長。敵兵です!」と隊員が叫んだ。
左前方を小走りする迷彩服姿の兵士を確認した。
「撃て!」と呂小隊長が命じた。
中国軍の95式5.8ミリ自動小銃の乾いた発射音が草原に鳴り響いた。
共産ゲリラと赤い竹の男達の戦闘も草原の東側で続いており、草原一帯は乱戦模様となった。
( 暁部隊 )
大杉二曹が後藤一尉の位置情報を確認していると100メートルほど先に担架を運んでいる人間を確認した。半袖シャツに黒いズボン、肩には自動小銃をかけていた。彼らは廃墟になっているケシ畑の方向に走っていた。
「伊庭一尉。あそこだ!」と黒田が叫んだ。
その時、黒田達の後方にある林縁付近から猛烈な射撃を受け、隊員1名が肩に銃弾を受け倒れた。
「柳。掩護しろ!」と伊庭一尉が残置していた援護組の副小隊長に無線で命じた。
中国軍に対して掩護組の機関銃が連続射撃を開始した。激しい銃撃戦が始まり、その弾雨の下を黒田達は走り、逃げる赤い竹の男達を追跡した。
「小隊長。奴らは小屋を目指しています」と先頭を走る大杉二曹が報告した。
男達は管理小屋を目指し5反ほどあるケシ畑の中の小道を走っていた。その先の廃墟と化した小屋の横にはヘリポートが見える。この畑が使用されていた当時には、商品をヘリで運んでいたのだろう。
担架の男達は廃墟の小屋に入った。後方から走っていた男二人も小屋に駆け込んだ。
「敵は6名です」と田村曹長が報告した。
「分かった。閃光手榴弾を準備しろ!」と伊庭一尉が命じた。
部隊は、伊庭一尉以下4名と田村曹長以下4名の2組に分かれて、小屋の正面と裏側に分かれた。日頃からこの様な状況下の訓練を行っているのか、部隊は伊庭一尉の手信号だけで素早く二組に分かれて進んだ。
「黒田さん。万が一のためにこれを」と伊庭一尉が黒田に9ミリ拳銃を渡した。
黒田は拳銃を受け取ったが、射撃は二十年以上やった事がない。昔取った杵柄だと言いながら安全装置を解除した。
草原の東側では共産ゲリラと赤い竹が、黒田達の後方では中国軍と特戦群の掩護組が激しい銃撃戦を行っている。
( 後藤一空尉 )
後藤は担架の上で気が付いた。そこは朽ち果てた埃の積もった家具、蜘蛛の巣や動物の死骸などが散乱する小屋の中だった。彼は自分が武装組織に捕まり、担架で運ばれている状況を理解した。銃声が聞こえており屋外で銃撃戦、それもかなり大きな戦闘が行われていることも分かった。
「タイ軍の救出部隊だな。しかし、この状況では駄目か・・」と後藤は天井を見ながら、半分諦めて言った。
( 赤い竹 )
ノーサワンは手下に窓から外を見張らせて、自分は携帯電話でヘリに連絡を取った。
「軍隊に攻撃されている。人質を確保した。急いでくれ」
「こちらへリ、間もなく到着する」とヘリのパイロットが送信した。
「もうすぐヘリが来る。追手が来ないか見張れ」
ノーサワンは手下に命じて自分は隣の部屋に移動した。そこはヘリポートが見える場所であり、東の空に小さくヘリが接近して来るのが確認出来た。
( 暁部隊 )
小屋に忍び寄る様に接近した暁部隊は、正面にある窓と裏にある通用口から同時に閃光手榴弾を室内に投げ込んだ。
激しい閃光と大きな爆発音が数度起こり、室内には白い煙が充満した。赤い竹の男達は一瞬、何が起こったのか判断出来ずに茫然自失していた。閃光手榴弾の爆発と同時に隊員達が室内に突入し、立ちすくむ赤い竹の男達を銃撃し斃した。
伊庭一尉は、接近するヘリを見て、このヘリを利用して基地に戻る事を考えた。
黒田は小屋の正面で腰を屈めて伊庭一尉達の突入を見守っていた。閃光手榴弾が爆発し、隊員達が突入するのと同時に、小屋のヘリポート側の窓から男が一人窓ガラスを破り飛び出した。
男は立ち上がると黒田をみて拳銃を向けた。
黒田は右手に握っていた拳銃の引き金を引いた。軽い衝撃が右手首に伝わって9ミリの銃弾が発射され、銃弾は男の左胸に命中し、男はその場にもんどりをうって倒れた。ノーサワンが最後に見たのは拳銃を向けた男の顔だった。
伊庭一尉は小屋から出ると、立ちすくむ黒田を見て声をかけた。
「黒田さん。正当防衛ですよ」
( 後藤一尉 )
後藤は閃光手榴弾の爆発がタイ軍の救出だと思った。
「後藤一尉。救出に来ました!」
後藤は日本語を聞いて驚いた。そして彼らの肩に付いている日の丸、左胸の特殊作戦き章を見て自衛隊員だと分り、思わず涙がこみ上げて来た。こんな異国のジャングル地帯、危険な地域に日本の部隊が助けに来てくれた事に感激した。
さらに驚いたのは、入口から入ってきた男を見た時だった。
「雄一君。大丈夫か」
父の親友、パイロット仲間の黒田だった。中学時代に父の墓参りに彼が来訪した時以来だ。後藤は、墓標に焼香する黒田の背中に父と同じ匂いを感じた日の事を思い出した。
「おじさん。どうしてここに」
「話せば長くなるよ」と言って黒田は笑った。
後藤は、黒田に助け起こされながら、亡き父が助けに来てくれたのだと思った。
小屋の外にいる伊庭一尉の周りに隊員達が集合した。
「先ほどの中国軍の銃撃で成松二曹が左肩に貫通銃創を受けました。それ以外は全員異常ありません」と田村曹長が報告した。
「柳二尉。小屋まで前進しろ」と伊庭一尉が無線機で命じた。
「田村曹長の組は、柳の組を掩護せよ。俺の組はヘリを奪取する」
伊庭一尉は隊員達に命じると3名の隊員とヘリポート近くの岩陰に身を隠した。
( 暁部隊 )
赤い竹の古いMi―17ヘリ(ソ連製、搭乗人員24名)がヘリポートに近づいて来た。そしてゆっくりと降下し着陸した。機首横のキャビンドアが開き、小銃を手にした赤い竹のパイロットが機外に出て来た。パイロットはすぐに特戦群隊員に気が付き銃撃戦となった。
機体の前に立つパイロットはすぐに左腕に銃弾を受けた。彼は左腕を垂らしたまま、機体を破壊しようと右手で胸のサスペンダーに取り付けた手榴弾を取った。その瞬間、彼は隊員の放った銃弾を頭部に受けて前のめりに斃れ絶命した。
「困った事になった。パイロットが死亡したのでヘリが使えない・・」と伊庭一陸尉が田村曹長を見て残念そうに言った。
「伊庭一尉。何とか飛ばします」
伊庭一尉が振り向くと黒田が笑って立っていた。
「操縦は出来ます。こんな古い機体は初めてですが・・基本は同じです」
「助かった」
伊庭一尉が安心していたところに、柳二尉達が到着した。草原の方の銃撃は下火になり、中国軍の射撃だけが続いている。
中国軍は200メートルほどの距離から小屋を目標に射撃していた。彼らからは小屋が邪魔になりヘリが狙えない。
伊庭一尉と機関銃手がしんがりとなり、黒田や後藤達がヘリに搭乗するまで中国軍に応戦した。最後に伊庭一尉がヘリに駆け込んで来た。
「黒田さん。全員搭乗しました」と大杉二曹が黒田に報告した。
「出発します」と黒田が後ろに立っている伊庭一尉に報告しながら操縦桿を引いた。
「さあ。日本に帰るぞ」と伊庭一尉が後ろを向いて隊員達に言った。
ヘリは暁部隊を乗せて離陸すると、速度を上げて国境地帯を離れ、基地のある南へと向かって飛行して行った。
完
(2022年に隊友会機関紙「隊友」に連載した小説を加筆修正)
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