ウクライナ侵攻、軍事作戦上の教訓

ウクライナ戦争緒戦の教訓を詳しく解説します。なお現状の戦況分析は次回にお届けします。
山下裕貴 2025.12.26
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1 はじめに

二二年二月二四日、ロシア軍がウクライナに侵攻を開始した。その後、北部・東部・南部の各地区では予想を超えるウクライナ軍の激しい抵抗に遭遇し、ロシア軍は初期の作戦計画の変更を余儀なくされた。この原因は西側諸国の軍事専門家がロシアの情報収集能力や作戦計画の杜撰さにあると分析している。

現在、ロシア軍とウクライナ軍は東部及び南部地区で戦闘を継続中であり、両軍とも大きな損害を出しながら戦線は膠着状態になっている。

本稿は、ロシア軍のウクライナ侵攻における、現在までの主として地上戦及び航空優勢に焦点を絞り考察するものである。

なおウクライナに侵攻したロシア軍は、現在も軍事作戦を継続中(執筆時)であり、戦争が終結し事実が明らかになれば考察結果も変わり得る。また考察は防衛省などの公刊資料及び報道等をもとにしたものである。

2 二〇一四年のクリミア併合及びウクライナ東部紛争

 二〇一四年二月ごろからクリミア半島において、親露派勢力が主導権を取り、ウクライナからの分離独立及びロシア併合の活動が活発化した。その後、クリミア議会がウクライナからの独立を宣言し、ロシアとロシア編入条約を締結し併合されることになる。 

同年三月には、ウクライナ東部のドネツィク州及びルハンシク州の親露派勢力が自治権拡大などを求めてデモ活動を活発化させ、武装勢力が、ドネツィク州庁舎を占拠するなど過激な行動を起こした。その後、親露派勢力は武装蜂起し一方的に「ドネツィク人民共和国」「ルハンシク人民共和国」の成立宣言を行い、ドネツィク州及びルハンシク州の面積の約三〇%を実効支配した。これがウクライナ東部紛争である。八年間にわたりウクライナ軍と親露派武装勢力との戦闘により、同地域では一万人以上の死者が出ている。[1]

 このクリミア併合及びウクライナ東部紛争において、軍事作戦として特筆すべき作戦が行われた。それが「ハイブリッド戦」である。ハイブリッド戦とは「軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いる。例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、指揮通信を妨害する電子戦、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いる手法である[2]

 ロシア軍のゲラシモフ参謀総長が、二〇一三年に「先見の明における軍事学の価値」という論文のなかで、将来の軍事的な戦いにおいては、旧来の軍事兵器よりも非軍事兵器による攻撃のほうがより効果的だと述べ、また従来とはまったく戦い方が変わったことを指摘し、従来から重視されていた大規模な地上軍を主体とする部隊による最前線での勝利を得るという純軍事的な戦い方から、政治目的達成のためには、軍事力と政治・外交・経済その他の非軍事手段を複合的に組み合わせて戦うことの重要性を強調している。[3]

 ロシア軍はこれを軍事ドクトリンとして採用し、クリミア併合においてこの作戦を用いた。その後続くウクライナ東部紛争においても同作戦を継続した。

 この新しい軍事作戦の形態を、英国国際戦略研究所(IISS)が「アームド・コンフリクト・サーベイ二〇一五」において「ハイブリッド戦」と規定して一般化した。[4]

 ロシア軍は今回のウクライナ侵攻においても「ハイブリッド戦」を継続したと思われるが、その成果はどうだったのだろうか。

3 二〇二二年二月のウクライナ侵攻

 二〇二一年一一月頃からロシア軍は、ウクライナ国境付近に約十九万名の地上軍を集結させて、ウクライナに軍事的圧力をかけていた。[5]プーチン大統領の狙いは「戦わずして勝つ」だったのだろう。

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